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2007年05月14日

ロッキー・ザ・ファイナル レビュー

ロッキー・ザ・ファイナルが上映されてしばらくたち、色々なレビューがあがってきているようですが、やっぱりGOOD評価の方が多いかな。
ロッキーと通して描かれている不屈の精神、そしてそれが、今回は60歳を過ぎたスタローンが演じている。冷静み見ると、あまりにも現実離れしているかもしれないが、心の中では、ロッキーという映画を見ることにより、忘れかけていた何かを呼び戻してくれそうな気がします。音楽も最高で、ロッキーのテーマがかかるだけで、どんなにおちこんでいても、「がんばろう!」という気持ちになるのは、なんとも不思議です。

Yahooにレビューがありましたので、引用させていただきます。

さて肝心の本編ですが良く出来てます。と言うか素晴らしいです。
アメリカでの評価も非常に高く今年最大のサプライズと言われてるほどです。
まさに人生の浮き沈みを経験してきたスタローンだからこそ一つ一つのセリフが心に響く。なんか説得力があるんですよね。
エイドリアンを亡くしたロッキーがいかにしてリングに戻るのかを軸に人間ドラマが展開。ラスト30分は原点回帰のトレーニングシーンそして大歓声の中リングヘ・・・特に試合のシーンは素晴らしい。ホントの世界戦をテレビで見てるようなリアルな演出が見物です。きっと驚くと思いますよ。

シリーズ6作目にしてこれだけテンションの高い作品を作れるのだから見事です。エンドロールで、あのテーマ曲が流れてきた時「ホントに終わったんだなぁ」とジーンときました。。
もしもあなたがロッキーを1作でも見た事があるのなら是非見て欲しいです。きっと何かを感じる事が出来るはずです。

posted by ロッキー at 15:30| ロッキーファイナル

2007年05月08日

ロッキーのストーリー

ロッキー・ザ・ファイナルが上映されていますが、原点であるロッキーはどんなストーリーなのか、ちょっと見てみたいと思います。


フィラデルフィアに暮らす自称「三流」ボクサーロッキー・バルボアは本業のボクシングによる賞金だけでは生活していくことができず、知人の高利貸しの取立人を請け負いながら日銭を稼ぐというヤクザ気質な生活を送っていた。素質はあるのにこれといった努力もせず、所属するボクシングジムのトレーナーであるミッキーからもその落ちぶれた様に愛想を尽かされ追い出されてしまう。そんな自堕落な生活を送っていたロッキーにも生きがいがあった。近所のペットショップで働くエイドリアンの存在である。ロッキーの親友で、精肉工場で働くポーリーの妹であるエイドリアンにロッキーは恋心を抱き、毎日ペットショップへ足を運んだ。内気で人見知りが激しいエイドリアンに好意を寄せていることをポーリーは感謝している。ロッキーとエイドリアンは不器用ながらも距離を縮めやがてお互いになくてはならない存在になっていく。

そんなある日、建国200年祭のイベントの一環として開催される世界ヘビー級タイトルマッチで、世界チャンピオンであるアポロ・クリードの対戦相手が負傷。代役探しに奔走したアポロらは、ロッキーが「イタリアの種馬(Italian Stallion)」というユニークなニックネームをもつというだけの理由で対戦相手に指名する。ロッキーは両者の実力の差が歴然としていることや自分がサウスポーであることから申し出を断るが、人気獲得のためにも何とかして試合を開催したいアポロは半ば強制的に試合の開催を決定する。そしてロッキーの戦いは始まった。

スポンサーを名乗り出るポーリーや、自身の豊富な経験からマネージャーになることを希望するミッキー、そして1つの生きがいであるエイドリアンがロッキーに自分が決して孤独ではないことを気づかせた。「今の自分には確かに人生の目的や愛、支えてくれる人たちがいる。」今まで経験したこともないような過酷な特訓をロッキーは耐え抜いた。試合前日の夜、ロッキーは「絶対勝てない」と弱音を吐いた後に呟く。「もし最終15ラウンドまでリングの上に立っていられたら自分がただのゴロツキではないことが証明できる。」

そして試合当日、無名のボクサーと史上最強の世界チャンピオンの対戦。賭け率は50対1。アポロの優勢は誰の目にも明らかであった。ついにゴングが鳴った。挑発を交えながら攻めるアポロに負けじと喰らい付くロッキー。ロッキーの予想外の善戦に場内の雰囲気も異様な盛り上がりを見せ始めた。第14ラウンド、アポロの強烈なパンチを受けたロッキーはダウンする。ミッキーは起き上がらないように指示するがロッキーには昨夜の誓いがあった。両者共に瞼から出血し汗にまみれるという死闘はついに判定に縺れ込んだ。結果は微妙な判定によりアポロのタイトル防衛となった。試合の結果に喜ぶアポロとは対照的にロッキーはただひたすら愛するエイドリアンの名を呼び続けた。エイドリアンは、壮絶な試合に酔い痴れる観客の中を掻き分けロッキーのもとに辿りついた。結果として試合には負けたロッキーだが、本来の「15ラウンドまで戦い抜きゴロツキではない事を証明する」という自身の目的を果たしたロッキーには敗北の悔しさは無く、幸福な達成感に包まれながら愛するエイドリアンと熱い抱擁を交わすのであった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ロッキーはシルヴェスター・スタローン を有名にした作品で、ロッキーのストーリーにはシルベスター・スタローンの人生そのものような気がします。

posted by ロッキー at 10:13| ロッキー

2007年05月07日

マイク・タイソン(つづき)

1985年3月6日、18歳にしてプロデビューしヘクター・メルセデスに1RTKO勝ちで初戦を白星で飾る。この年、11連勝を飾った直後トレーナーのカス・ダマトが死去。その後、通算28連勝し1986年11月22日、29戦目にしてトレバー・バービックに2RTKO勝利し、WBC世界ヘビー級王座を獲得。史上最年少(20歳5ヶ月)で、世界王者となる。翌年、1987年3月7日にはジェームス・スミスに判定勝ちし、WBA世界ヘビー級タイトルを獲得。さらに同年8月、トニー・タッカーに判定勝ちしてIBF世界ヘビー級タイトルを獲得して3団体統一に成功。1988年2月に、元ファッションモデルで女優のロビン・ギブンスと結婚。だがすぐに離婚した。通算9度の防衛に成功することになるが、1988年に行われたマイケル・スピンクス戦後、カス・ダマトがその生前絶対に組んではいけないと言っていたドン・キングにプロモートを受けるようになってからは精彩を欠くようになる。一般的にこの1988年までがタイソンの絶頂期と言われている。この年の後半、ダマトの死後からそのボクシング理論を引き継いでタイソンに教えていたケビン・ルーニーを突然解雇。マネージャーのビル・ケイトンも解雇し、ダマトが残したチームはバラバラとなる。家族同然だったルーニーはボクシングのトレーナーとしてだけでなく、タイソンのモラルや私生活の監視役でもあった。 新しいチーム態勢ではタイソンの周囲に金目当ての「イエスマン」ばかりが集まり、タイソンの私生活は急激に乱れる。 離婚騒動、自殺未遂、訴訟沙汰、交通事故、放蕩、練習不足、度重なった試合の延期…タイソンの周辺が急におかしくなりリング外でのトラブルの話題が増えていく。 案の定、プロ入り以来初めての長期ブランクを経た1989年のフランク・ブルーノ戦では、別人のような緩慢で雑なボクシングを披露した。このブルーノ戦はそれでも勝ったがまともにカウンターを貰い初めてグラつく姿も見せている。タイソンの兄弟子ホセ・トーレスはこの試合を見て「カスが教えたものは全て失われていた。左右への動き・コンビネーション・タイミング・忍耐、何もかも・・」というコメントを残している。次戦のカール・ウイリアムス戦では、わずか1Rのフック一発で試合が決したため目立たなかったが、その動きにかつての切れはなく、生放送では解説の浜田剛史がタイソンのボクシングに首を傾げるような発言をしている。 次戦、タイソンは試合を急にキャンセル(ドノバン・ラドックとの防衛戦が決定していた)するなど相変わらずゴタゴタが続き、1990年2月11日に日本の東京ドームでジェームス・ダグラスに10ラウンドKO負けしてタイトルを失う。 これがタイソンのキャリアにおける初黒星だった。さらにタイソンの転落は続く。1991年にディズィリー・ワシントンをホテルの一室でレイプしたとして1992年に刑務所へと収監された(この事件に関しては状況証拠が一切なく女性の証言のみの心証裁判だったため、有罪判決はタイソンの不運と見る識者も多い)。

6年の懲役刑を言い渡されたが3年間服役後の1995年に仮釈放され、翌年の1996年3月16日、フランク・ブルーノを3RKOで破り、WBC世界ヘビー級タイトルを再度獲得し世界王者へと復権する。なお、服役中にイスラム教に改宗し、マリク・アブドゥル・アシスという名を持った。同年9月、ブルース・セルドンを1ラウンドTKOで破り、WBA世界ヘビー級タイトルも獲得。再び統一王者になったが、11月にイベンダー・ホリフィールドに11ラウンドTKOで敗れ、タイトルを失う。翌年6月28日に行われた再戦ではホリフィールドのWBA世界ヘビー級王座に挑戦するが、有名な耳噛み事件(雑誌等で世紀の噛み付きとも称する)を起こし3R終了時に失格負けとなった。1998年に暴行容疑で逮捕。2002年6月8日にレノックス・ルイスの持つWBC、IBF、IBO世界ヘビー級王座に挑戦するが8RKO負け。2003年6月、暴行容疑で再度逮捕。2004年4月15日、K-1の試合出場契約を結ぶ。日本国内でのプロモート契約であるが、薬物犯罪者は日本に入国できないため、実現は不可能である。2004年7月30日、復帰戦となるノンタイトルマッチで1ラウンド中盤で膝の靭帯断裂。その怪我が響き、ダニー・ウィリアムズに4ラウンドKO負け。2004年12月、器物損壊容疑で逮捕。2005年6月12日、前回の試合で傷めた膝を手術し復帰。無名のケビン・マクブライドを相手に戦うも、年齢から来る体力の衰え、そして膝の怪我の影響からか動きに精彩を欠き、6ラウンド終了後棄権しTKO負け。試合後、現役引退を発表。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

posted by ロッキー at 09:19| ロッキーファイナル

マイク・タイソン

マイク・ジェラルド・カークパトリック・タイソン (1966年6月30日 - )は、1980年代後半から1990年代にかけて活躍したアメリカ合衆国の元プロボクサー。現在は格闘技興行主。ヘビー級としては小柄ながら桁外れのパンチ力と驚異的なスピード、そして相手のパンチのほとんどを空に切らせる鉄壁のディフェンスを武器に次々に大男たちをマットに沈めた。身長180cm(諸説あるが、慈恵医大で測定時きちんと背を伸ばして測定したところジャスト180cmだった。)、リーチ 180cm。顔と両腕、そして腹部に刺青を彫っている。絵柄は毛沢東(右腕)、アーサー・アッシュ(左腕)、チェ・ゲバラ(左脇腹)。最盛期のタイソンはモハメド・アリと並んで史上最強ボクサーの有力な候補である。

青年時代
1966年6月30日、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン地区ベッドフォードスタイブサント生まれ。後に当時のアメリカ合衆国最悪ゲットーと呼ばれていたブルックリン地区ブラウンズヴィルに引越し、そこで育つことになる。幼少の頃はその内向的な性格(現在でもその独特の甘えたようなイントネーションからその名残が伺える。スポーツジャーナリストの二宮清純はタイソンへの取材を通じてタイソンに対し自閉症児の様な印象を受けたと語っている。実際、タイソンは自閉症ではないが躁うつ病と診断されており、長期に渡り抗鬱剤を服用していた)からか近所の少年達の虐めの対象となる。だが、大事にしていたペットの鳩を年上の不良グループの少年たちに虐殺され、我を忘れてその不良達を殴り倒した事から自身の強さに気付き徐々に荒んだ生活へ進む。9歳から12歳の間に51回も逮捕され、遂にニューヨーク州でも最悪の少年が収容されるトライオン少年院に収監。そこでボクシングと出会う。その後、その才能が名トレーナーカス・ダマトの目に留まり少年院から救い出され、ボクシングの英才教育を受ける事になる。まずはオリンピックを狙いアマチュアの試合に出場しているが、国内予選の最終選考会でダウンを奪いながらも判定負けを喫しオリンピックへの参加は叶わなかった。タイソンのようにポイントではなくノックアウトを狙うファイタースタイルの選手はポイントゲームであるアマチュアボクシングには合わない面もある。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

posted by ロッキー at 09:18| ロッキーファイナル

2007年05月06日

ロッキー・ザ・ファイナルについて

『ロッキー』シリーズの6作目であり、『ロッキー5/最後のドラマ』(1990年)以来、16年ぶりの続篇。 4作目『ロッキー4/炎の友情』以来、再びシルヴェスター・スタローンが監督・脚本・主演を務め、今作がシリーズ完結篇と銘打たれている。日本でのタイトルは完結篇と言うこともあり、それまでのような『ロッキー6/ザ・ファイナル』と言ったようなタイトルの付け方をせず、堂々と『ROCKEY THE FINAL』と記され、アルファベット表記のロゴも存在するが、原題は『ROCKY BALBOA』という題名であり、ロッキーのフルネームがそのままタイトルとなっている。

第1作から30年、前作からも既に16年が経ち、当初はもはやイベント的な意味合いでしか受け止められていなかった本作だが、いざフタを開けてみたら“今年最大のサプライズ”との声も聞かれるなど、映画ファンはもちろん、批評家からも絶賛をもって迎えられている。

ストーリー
元ヘビー級王座ロッキーは引退し、地元フィラデルフィアで小さなイタリアン・レストランを経営している。妻エイドリアンは他界し、息子ロバートも有名人の父に反発して家を飛び出していった。ロッキーはその寂しさを紛らわすため客に現役時代の話を語る日々を送っていた。

エイドリアンの命日に墓参りをしたロッキーは、彼女との思い出の地を巡って心の喪失感や悲しみを一層深くしていく。ロッキーはかつて通ったバーを訪れ、そこで働くマリーと知り合う。30年前に説教した不良少女であったマリーやマリーの息子との交流により、ロッキーは胸の奥底でくすぶっている情熱に気づく。

ロッキーはボクシング協会を説得して、再びプロボクサーのライセンスを取得。そんな中、現役ヘビー級チャンピオン、ディクソンとロッキーのバーチャル試合がTV放映され、話題となる。人気が低迷しているディクソンは人気回復の話題作りためロッキーに試合を持ちかける。

ロッキーはディクソンとの対戦を決意し、トレーニングを開始する。そして、エイドリアンを失った悲しみを乗り越え、ラスベガスのリングに上がるのだった…。


スタッフ
監督 - シルヴェスター・スタローン
製作 - チャールズ・ウィンクラー、ビリー・チャートフ、ケヴィン・キング、デヴィッド・ウィンクラー
共同製作 - ガイ・リーデル
製作総指揮 - ロバート・チャートフ、アーウィン・ウィンクラー
脚本 - シルヴェスター・スタローン
撮影 - J・クラーク・マシス
プロダクションデザイン - フランコ=ジャコモ・カルボーネ
衣装デザイン - グレッチェン・パッチ
編集 - ショーン・アルバートソン
音楽 - ビル・コンティ

キャスト
ロッキー・バルボア - シルヴェスター・スタローン
ポーリー - バート・ヤング
ディクソン - アントニオ・ターヴァー
マリー - ジェラルディン・ヒューズ
ロバート(ロッキー・ジュニア) - マイロ・ヴィンティミリア
デューク - トニー・バートン
ステップス - ジェームズ・フランシス・ケリー3世
マイク・タイソン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

posted by ロッキー at 08:15| ロッキー

2007年05月05日

ロッキーについて

映画のオーディションに50回以上落選していたスタローンはポルノ映画への出演や用心棒などをして日々の生活費を稼いでいた。長い極貧生活を送っていたある日、彼は世界ヘビー級タイトルマッチ「モハメド・アリ対チャック・ウェプナー」の試合を観戦。アリは当時世界最強と言われていたのに対し、ウェプナーはスタローン同様繰り返す転職の中で日銭を稼いでいた。誰が見ても勝ち目がないウェプナーであったが予想外の善戦を展開。試合はアリが勝利したものの、繰り出したパンチがわき腹を直撃しダウンを奪い、対戦後に「二度と対戦したくない」と言わしめたのである。アリをダウンさせたその瞬間、ウェプナーは偉大なボクサーとなり人々の心に永遠に刻まれると考えたスタローンはこの出来事を基に僅か3日で脚本を書き上げプロダクションに売り込んだ。

プロダクションはその脚本を気に入り7万5千ドルという破格の値をつけたものの、製作の条件として「主演にポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、アル・パチーノといった有名スターを起用する」ことを挙げて譲らなかった。「貧乏とはうまく付き合うことが出来る」スタローンもまた脚本料に固執せず、自分が主演を兼任することに徹底的に拘り双方の長きに亘る交渉の末、

ギャランティーに関しては、監督は普段の半分、スタローンは俳優組合が定める最低金額、プロデューサーはなし
制作費はテレビシリーズ1本分(約100万ドル)
36万ドルまで高騰した脚本料を2万ドルに減額
という条件の下で製作が開始された。

公開当初、無名俳優の書いた脚本をB級映画出身の監督が製作するという背景から作品に対する視線は冷ややかだったが、不器用で口は悪くも根は優しいロッキーと、ボクシングジムのトレーナーであるミッキー・親友のポーリー、そしてポーリーの妹で後に恋人となるエイドリアンが織り成す人間味溢れるドラマや、ビル・コンティ作曲の『ロッキーのテーマ』(原題:『Gonna Fly Now』。なお邦題は現在では『ロッキーのテーマ』と表記されることが多いが、最初に発売されたシングルレコードでの表記は単に『ロッキー』だった)が確実に観客の心を掴み、瞬く間に全米だけで1億ドルの興行収入を記録。同年のアカデミー賞で作品賞を獲得するなど国内外の映画賞において群を抜く数の映画賞を受賞した。

映画の主人公ロッキーが生き甲斐を持てずに彷徨い続ける日々から一夜にして栄光を掴んだように、主演と脚本を担当したスタローンが無名俳優から作品の大ヒットで一躍スターダムに上り詰めた快挙は映画ファンの間で20世紀最大の奇跡と評された。「愛」「友情」「努力」を社会的弱者の立場から描いた同作品は世界中の若者に計り知れない影響を与えたという見解も決して過言ではない。また、ベトナム戦争への軍事介入を機に台頭したアメリカン・ニューシネマにより、ハッピーエンドや英雄へのアンチテーゼが最盛を極めたが、本作品の出現が「個人の可能性」「アメリカン・ドリーム」への憧憬を再燃させ、アメリカン・ニューシネマの終焉を決定的なものとした。ジャンルはスポーツ・ラブロマンス・ヒューマンドラマなど多岐に分類されるが、それらを超越して広く親しまれる映画の代表作であることは多くの者が認めるところである。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
posted by ロッキー at 16:08| ロッキー