マイク・ジェラルド・カークパトリック・タイソン (1966年6月30日 - )は、1980年代後半から1990年代にかけて活躍したアメリカ合衆国の元プロボクサー。現在は格闘技興行主。ヘビー級としては小柄ながら桁外れのパンチ力と驚異的なスピード、そして相手のパンチのほとんどを空に切らせる鉄壁のディフェンスを武器に次々に大男たちをマットに沈めた。身長180cm(諸説あるが、慈恵医大で測定時きちんと背を伸ばして測定したところジャスト180cmだった。)、リーチ 180cm。顔と両腕、そして腹部に刺青を彫っている。絵柄は毛沢東(右腕)、アーサー・アッシュ(左腕)、チェ・ゲバラ(左脇腹)。最盛期のタイソンはモハメド・アリと並んで史上最強ボクサーの有力な候補である。
青年時代
1966年6月30日、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン地区ベッドフォードスタイブサント生まれ。後に当時のアメリカ合衆国最悪ゲットーと呼ばれていたブルックリン地区ブラウンズヴィルに引越し、そこで育つことになる。幼少の頃はその内向的な性格(現在でもその独特の甘えたようなイントネーションからその名残が伺える。スポーツジャーナリストの二宮清純はタイソンへの取材を通じてタイソンに対し自閉症児の様な印象を受けたと語っている。実際、タイソンは自閉症ではないが躁うつ病と診断されており、長期に渡り抗鬱剤を服用していた)からか近所の少年達の虐めの対象となる。だが、大事にしていたペットの鳩を年上の不良グループの少年たちに虐殺され、我を忘れてその不良達を殴り倒した事から自身の強さに気付き徐々に荒んだ生活へ進む。9歳から12歳の間に51回も逮捕され、遂にニューヨーク州でも最悪の少年が収容されるトライオン少年院に収監。そこでボクシングと出会う。その後、その才能が名トレーナーカス・ダマトの目に留まり少年院から救い出され、ボクシングの英才教育を受ける事になる。まずはオリンピックを狙いアマチュアの試合に出場しているが、国内予選の最終選考会でダウンを奪いながらも判定負けを喫しオリンピックへの参加は叶わなかった。タイソンのようにポイントではなくノックアウトを狙うファイタースタイルの選手はポイントゲームであるアマチュアボクシングには合わない面もある。
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