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2007年05月14日

ロッキー・ザ・ファイナル レビュー

ロッキー・ザ・ファイナルが上映されてしばらくたち、色々なレビューがあがってきているようですが、やっぱりGOOD評価の方が多いかな。
ロッキーと通して描かれている不屈の精神、そしてそれが、今回は60歳を過ぎたスタローンが演じている。冷静み見ると、あまりにも現実離れしているかもしれないが、心の中では、ロッキーという映画を見ることにより、忘れかけていた何かを呼び戻してくれそうな気がします。音楽も最高で、ロッキーのテーマがかかるだけで、どんなにおちこんでいても、「がんばろう!」という気持ちになるのは、なんとも不思議です。

Yahooにレビューがありましたので、引用させていただきます。

さて肝心の本編ですが良く出来てます。と言うか素晴らしいです。
アメリカでの評価も非常に高く今年最大のサプライズと言われてるほどです。
まさに人生の浮き沈みを経験してきたスタローンだからこそ一つ一つのセリフが心に響く。なんか説得力があるんですよね。
エイドリアンを亡くしたロッキーがいかにしてリングに戻るのかを軸に人間ドラマが展開。ラスト30分は原点回帰のトレーニングシーンそして大歓声の中リングヘ・・・特に試合のシーンは素晴らしい。ホントの世界戦をテレビで見てるようなリアルな演出が見物です。きっと驚くと思いますよ。

シリーズ6作目にしてこれだけテンションの高い作品を作れるのだから見事です。エンドロールで、あのテーマ曲が流れてきた時「ホントに終わったんだなぁ」とジーンときました。。
もしもあなたがロッキーを1作でも見た事があるのなら是非見て欲しいです。きっと何かを感じる事が出来るはずです。

posted by ロッキー at 15:30| ロッキーファイナル

2007年05月07日

マイク・タイソン(つづき)

1985年3月6日、18歳にしてプロデビューしヘクター・メルセデスに1RTKO勝ちで初戦を白星で飾る。この年、11連勝を飾った直後トレーナーのカス・ダマトが死去。その後、通算28連勝し1986年11月22日、29戦目にしてトレバー・バービックに2RTKO勝利し、WBC世界ヘビー級王座を獲得。史上最年少(20歳5ヶ月)で、世界王者となる。翌年、1987年3月7日にはジェームス・スミスに判定勝ちし、WBA世界ヘビー級タイトルを獲得。さらに同年8月、トニー・タッカーに判定勝ちしてIBF世界ヘビー級タイトルを獲得して3団体統一に成功。1988年2月に、元ファッションモデルで女優のロビン・ギブンスと結婚。だがすぐに離婚した。通算9度の防衛に成功することになるが、1988年に行われたマイケル・スピンクス戦後、カス・ダマトがその生前絶対に組んではいけないと言っていたドン・キングにプロモートを受けるようになってからは精彩を欠くようになる。一般的にこの1988年までがタイソンの絶頂期と言われている。この年の後半、ダマトの死後からそのボクシング理論を引き継いでタイソンに教えていたケビン・ルーニーを突然解雇。マネージャーのビル・ケイトンも解雇し、ダマトが残したチームはバラバラとなる。家族同然だったルーニーはボクシングのトレーナーとしてだけでなく、タイソンのモラルや私生活の監視役でもあった。 新しいチーム態勢ではタイソンの周囲に金目当ての「イエスマン」ばかりが集まり、タイソンの私生活は急激に乱れる。 離婚騒動、自殺未遂、訴訟沙汰、交通事故、放蕩、練習不足、度重なった試合の延期…タイソンの周辺が急におかしくなりリング外でのトラブルの話題が増えていく。 案の定、プロ入り以来初めての長期ブランクを経た1989年のフランク・ブルーノ戦では、別人のような緩慢で雑なボクシングを披露した。このブルーノ戦はそれでも勝ったがまともにカウンターを貰い初めてグラつく姿も見せている。タイソンの兄弟子ホセ・トーレスはこの試合を見て「カスが教えたものは全て失われていた。左右への動き・コンビネーション・タイミング・忍耐、何もかも・・」というコメントを残している。次戦のカール・ウイリアムス戦では、わずか1Rのフック一発で試合が決したため目立たなかったが、その動きにかつての切れはなく、生放送では解説の浜田剛史がタイソンのボクシングに首を傾げるような発言をしている。 次戦、タイソンは試合を急にキャンセル(ドノバン・ラドックとの防衛戦が決定していた)するなど相変わらずゴタゴタが続き、1990年2月11日に日本の東京ドームでジェームス・ダグラスに10ラウンドKO負けしてタイトルを失う。 これがタイソンのキャリアにおける初黒星だった。さらにタイソンの転落は続く。1991年にディズィリー・ワシントンをホテルの一室でレイプしたとして1992年に刑務所へと収監された(この事件に関しては状況証拠が一切なく女性の証言のみの心証裁判だったため、有罪判決はタイソンの不運と見る識者も多い)。

6年の懲役刑を言い渡されたが3年間服役後の1995年に仮釈放され、翌年の1996年3月16日、フランク・ブルーノを3RKOで破り、WBC世界ヘビー級タイトルを再度獲得し世界王者へと復権する。なお、服役中にイスラム教に改宗し、マリク・アブドゥル・アシスという名を持った。同年9月、ブルース・セルドンを1ラウンドTKOで破り、WBA世界ヘビー級タイトルも獲得。再び統一王者になったが、11月にイベンダー・ホリフィールドに11ラウンドTKOで敗れ、タイトルを失う。翌年6月28日に行われた再戦ではホリフィールドのWBA世界ヘビー級王座に挑戦するが、有名な耳噛み事件(雑誌等で世紀の噛み付きとも称する)を起こし3R終了時に失格負けとなった。1998年に暴行容疑で逮捕。2002年6月8日にレノックス・ルイスの持つWBC、IBF、IBO世界ヘビー級王座に挑戦するが8RKO負け。2003年6月、暴行容疑で再度逮捕。2004年4月15日、K-1の試合出場契約を結ぶ。日本国内でのプロモート契約であるが、薬物犯罪者は日本に入国できないため、実現は不可能である。2004年7月30日、復帰戦となるノンタイトルマッチで1ラウンド中盤で膝の靭帯断裂。その怪我が響き、ダニー・ウィリアムズに4ラウンドKO負け。2004年12月、器物損壊容疑で逮捕。2005年6月12日、前回の試合で傷めた膝を手術し復帰。無名のケビン・マクブライドを相手に戦うも、年齢から来る体力の衰え、そして膝の怪我の影響からか動きに精彩を欠き、6ラウンド終了後棄権しTKO負け。試合後、現役引退を発表。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

posted by ロッキー at 09:19| ロッキーファイナル

2007年05月07日

マイク・タイソン

マイク・ジェラルド・カークパトリック・タイソン (1966年6月30日 - )は、1980年代後半から1990年代にかけて活躍したアメリカ合衆国の元プロボクサー。現在は格闘技興行主。ヘビー級としては小柄ながら桁外れのパンチ力と驚異的なスピード、そして相手のパンチのほとんどを空に切らせる鉄壁のディフェンスを武器に次々に大男たちをマットに沈めた。身長180cm(諸説あるが、慈恵医大で測定時きちんと背を伸ばして測定したところジャスト180cmだった。)、リーチ 180cm。顔と両腕、そして腹部に刺青を彫っている。絵柄は毛沢東(右腕)、アーサー・アッシュ(左腕)、チェ・ゲバラ(左脇腹)。最盛期のタイソンはモハメド・アリと並んで史上最強ボクサーの有力な候補である。

青年時代
1966年6月30日、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン地区ベッドフォードスタイブサント生まれ。後に当時のアメリカ合衆国最悪ゲットーと呼ばれていたブルックリン地区ブラウンズヴィルに引越し、そこで育つことになる。幼少の頃はその内向的な性格(現在でもその独特の甘えたようなイントネーションからその名残が伺える。スポーツジャーナリストの二宮清純はタイソンへの取材を通じてタイソンに対し自閉症児の様な印象を受けたと語っている。実際、タイソンは自閉症ではないが躁うつ病と診断されており、長期に渡り抗鬱剤を服用していた)からか近所の少年達の虐めの対象となる。だが、大事にしていたペットの鳩を年上の不良グループの少年たちに虐殺され、我を忘れてその不良達を殴り倒した事から自身の強さに気付き徐々に荒んだ生活へ進む。9歳から12歳の間に51回も逮捕され、遂にニューヨーク州でも最悪の少年が収容されるトライオン少年院に収監。そこでボクシングと出会う。その後、その才能が名トレーナーカス・ダマトの目に留まり少年院から救い出され、ボクシングの英才教育を受ける事になる。まずはオリンピックを狙いアマチュアの試合に出場しているが、国内予選の最終選考会でダウンを奪いながらも判定負けを喫しオリンピックへの参加は叶わなかった。タイソンのようにポイントではなくノックアウトを狙うファイタースタイルの選手はポイントゲームであるアマチュアボクシングには合わない面もある。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

posted by ロッキー at 09:18| ロッキーファイナル

2007年04月24日

ロッキーファイナル キャストについて

 最新作『ロッキー・ザ・ファイナル』で特筆すべきは、監督・脚本・主演を兼任したスタローンがシリーズの原点である第1作に立ち返り、この名作が宿していたスピリットをスクリーンに甦らせたことだ。例えば、映画の冒頭でエイドリアンの墓参りをしたロッキーが、地元フィラデルフィアの街をさまよい、在りし日の妻との思い出のペットショップやスケート場の跡地を訪ねるシークエンス。ロッキーがフィラデルフィア美術館の大階段を駆け上がる不滅の名シーンが再現されているのも嬉しい贈りものだ。『ロッキー』のファンならば、これら第1作へのオマージュ的な愛情のこもったひとつひとつの描写に胸を締めつけられずにはいられないだろう。また、エイドリアンを亡くしたことで30年前と同じく孤独な境遇に逆戻りしたロッキーのもとに、ロバートや義兄のポーリーが集い、彼のカムバックを後押ししていくストーリー展開にも胸が躍る。『ロッキー』にチラリと登場していた不良少女のマリーが今はシングルマザーとなり、ロッキーとの旧交を温めるエピソードも涙ものである。
   
 そしてロッキーが最後の闘いを繰り広げるクライマックスは、手に汗握るスリルと興奮を呼び起こすとともに、勝ち負けを超越した奇跡的な感動を観る者に提供する。今回のロッキーは、相手の挑発や復讐などの理由でリングに復帰するわけではない。胸の奥底で燻っていた情熱を燃やし、あくまで自らの夢を追い求めて闘いに身を投じていく。そんなロッキーの熱きロマンと清々しいまでの闘魂が、シリーズ最高の盛り上がりを見せるファイト・シーンの中にしっかりと息づいているのだ。「このシリーズをずっと応援し、愛してくれた人々は、ロッキーの人生の最終章にきっと満足してくれると思う」とスタローンが語る通り、映画史上の伝説のヒーローにふさわしい劇的なフィナーレがここに実現した。

 エイドリアンの兄で、ロッキーの生涯の親友でもあるポーリー役のバート・ヤングは、今回も哀感たっぷりの凄みある存在感で名脇役ぶりを披露。TV界を中心に活躍する若手俳優マイロ・ヴィンティミリアはロッキー・ジュニアことロバートに扮し、父子の葛藤と和解のドラマを好演している。ロッキーの最後の対戦相手となるディクソンをカリスマ性豊かに演じたのは、撮影当時、世界ライトヘビー級王者だったアントニオ・ターヴァー。彼とロッキーが激突するクライマックスのリングサイドに、あのマイク・タイソンが登場するのも見逃せないサプライズだ。

 製作総指揮を務めたのは、スタローンとともに『ロッキー』シリーズを世に送り出してきた名プロデューサー・コンビ、アーウィン・ウィンクラーとロバート・チャートフ。スタローン率いる撮影チームは、通常のハリウッド映画と一線を画すリアリティ溢れる映像を求め、『ロッキー』誕生の地であるフィラデルフィア・ロケを実施した。また切ない哀調を帯びたメロディで映画に情感を吹き込むのは、このシリーズに欠かせない名作曲家ビル・コンティ。彼の手になる有名なテーマ曲が、ロッキーの最後の晴れ舞台を雄々しく盛り立てている。

posted by ロッキー at 10:15| ロッキーファイナル

2007年04月24日

ロッキーファイナルってどんな映画?

数々の伝説を生み出してきたハリウッドの歴史において、30年の時を経た今もまったく色褪せずに語り継がれるサクセス・ストーリーがある。『タクシードライバー』『ネットワーク』『大統領の陰謀』といった強力なライバル作を退け、見事に1976年のアカデミー作品賞に輝いたその映画は、当時無名の俳優が書き上げた脚本を、彼自身の主演で映像化した低予算作品だった。すべての観客の心を熱く揺さぶり、世界中で大ヒットを記録したこの歴史的な名作『ロッキー』は、脚本・主演のシルベスター・スタローンを一躍スターダムへと押し上げ、映画界におけるアメリカンドリームの代名詞となった。

 やがて『ロッキー』は、1990年までに全5作のシリーズへと発展。そして第1作から記念すべき30周年にあたる昨年の12月、スタローンが自らの分身というべき主人公ロッキー・バルボアを愛する人々に格別の思いを込めて贈る『ロッキー・ザ・ファイナル』が全米公開され、大反響を巻き起こした。伝説的なシリーズの真の最終章を飾る入魂の一作が、いよいよ日本のファンのもとに届けられる。

 無敵のチャンピオン、アポロとの30年前の死闘を皮切りに、リングで情熱を燃やし続けたロッキーも今は引退し、フィラデルフィアで小さなイタリアン・レストランを経営している。愛妻エイドリアンはガンで他界し、息子のロバートも家を出て行った。エイドリアンとの思い出だけにすがって生きるロッキーは、心の空洞を埋めるようにして、再びプロ・ボクサーのライセンスを取得する。そんなある日、スポーツTV局が向かうところ敵なしの現役ヘビー級王者ディクソンと往年のロッキーの強さを比較するシュミレーション番組を放送し、両者の対戦企画が持ち上がる。ロッキーはある決意を胸を秘め、数万人の大観衆が熱狂するラスベガスのリングに上がるのだった……。

『ロッキー』が幅広い層のファンに愛され続けるのは、この作品が単なるスポーツ映画に留まらない奥深い魅力を備えているからだ。うだつの上がらない日々を過ごしていた場末のボクサーが一念発起し、無謀とも思える夢への挑戦を試みる。何度も挫折しかけようとも、そのたびにロッキーは這い上がり、不屈の闘志を奮い起こす。そんな彼の生き様に触れた多くのファンは、“人生の教科書”として『ロッキー』に特別な愛着を抱いているのだ。

posted by ロッキー at 10:13| ロッキーファイナル